明日、ついに《カルメン――鳥が野鳥になる時》

しばらくこちらのページはご無沙汰になっていましたが…
明日ついに、女優の大寺亜矢子さんが長らく温めてきた役カルメンを、私の台本と演出で上演いただきます。

出版されているオペラのスコアを文字通り上演しても懸案事項の多い《カルメン》を敢えて再構築しての上演、今まで以上に時間が飛ぶように過ぎた気がします。最後の仕上げで、舞台捌きに必要な資料を創りながら、改めて出演者一人一人が創ってきてくれた役を思い出しています。

 

大寺さんとのコラボは昨年の《星の王子様》に続き2回目。実のところ曲のバリエーション自体は昨年のほうが多かったのですが(如何せん近代フランス祭だったので…)、音楽に求められる有機性や意味作用は、今回のほうが遥かにシビヤなのではと思います。この作品が完結するにはピアニスト植村美有さんの統率と、トランぺッター荒木優太さんの絶妙な間合いと音色が必要なのでして、本番お2人がどう舞台を引っ張ってくださるのか、とても楽しみにしています。

 

今回の作品には、オペラ《カルメン》では次の出来事の契機程度だった人物が、かなり濃いキャラクターを背負って登場します。例えば安藤千尋さんに演じてもらうマヌエリータ(チラシでは「娼婦」の表記)。オペラではカルメンが彼女とひと悶着したというエピソードが簡単に出てくるのみですが、今回はご本人が登場し、カルメンの生の一部を証言するという強烈なシーンがあります。なお、安藤さんにはもう一役、今回の演目のために創ったイザベラというジプシー女を演じてもらいます。ジプシーソングをはじめ《カルメン》の名曲も沢山歌っていただきます(^^)

 

また今回の台本は「カルメンとホセの死のその後」から始まるので、オペラ《カルメン》でお馴染みの登場人物も、新しいキャラクターをもって登場します。メルセデス役(チラシでは「ジプシー女」の表記)で登場いただく星智恵さんには、カルメンの有名なアリア《セキディリヤ》を歌っていただきます。メルセデスが敢えてカルメンの歌を歌うとはどういうことなのか?その意味と、星さんの落ち着いた低声をどうぞお楽しみに。

 

一人2役、それも真逆なキャラクターで登場するメンバーも!ソプラノの林真悠美さんには、ホセを健気に追い続けるミカエラ(チラシでは「ナヴァラの女」)と、華やかなジプシー女フラスキータの二役を演じていただきます。歌はもちろんのこと、お芝居も踊りも芸達者な彼女が、さらに本番でどんなマジックを起こしてくれるのか、乞うご期待です♪

 

そしてビゼー《カルメン》をご存知の方は「あれ?エスカミーリョは?」と思うかもしれませんが…そうです、今回エスカミーリョの姿は舞台にはありません。「闘牛士の歌」はあるけれど、エスカミーリョはいません。どういうことかは当日までお楽しみで……というわけで、バリトン木村雄太君のメインの役は、エスカミーリョではなく、これまたオペラではほぼ詞でしか出てこないパスティア(チラシでは「酒場の主人」)になります。書いた本人としては、ある意味エスカミーリョよりかっこいい役だと思っています(笑)この劇のキーワードも沢山口にする役を、どのように演じてくれるのでしょうか。

 

さらにドラマ上の重要な鍵を握るのが、高橋拓真君の演じる作家役。脚本では『カルメン』の原作者にちなんでこの役をメリメと記載しましたし、稽古場でもメリメと呼び続けてきましたが、プログラムでは敢えて「作家」にしようと思います。自分で書いておきながらですが…今まで誰かに演じてもらった役の中でも、最も難しい役の1つで、そもそもこの役を「歌手」に託すべきなのか…という段階から迷いました。でもやっぱりこの役はテノール歌手のために書いたのだ…というのが私の結論。とても共感できる役に仕上げてもらえていますので、注目いただければ幸いです。

 

ここでようやく《カルメン》と言えば…のお二方です。ホセ役の川野浩史さんは、急遽のキャストチェンジでいらしてくれましたが、最初に台本を手にしたときから真摯に作品に取り組んでくださったのを、鮮明に記憶しています。この脚本のホセは、みんなが日本語の台詞を言っている中で、独りフランス語を歌い続ける…といった孤独な時間も多いのですが、その切なさが皆さんにも届けばと思います。そして……オペラ《カルメン》ではありえない〈花の歌〉の登場の仕方もぜひ楽しみにいただければ…♪

 

そして主宰・主演のカルメン大寺亜矢子さん。前回の《星の王子様》から、いざという時に溢れてくる役者魂に感嘆してまいりましたが、特に今回の彼女の熱演には胸を打たれるものがあります…!彼女がずっと温めてきたというカルメンの脚本・演出を、私に頼んでくださったことが嬉しくて嬉しくて、私もこのカルメンに1人の演出家として、いや女性として、持てるものを注いだつもりです。改めてオペラ《カルメン》を見返すと、彼女はいつも誰かの視線の先にいて、独り自分の感情を語ることが本当に無いのです(せいぜいカルタのソロくらい?)。それは当然で、メリメの『カルメン』がそもそも「ドン・ホセの語ったカルメンの物語」の体裁で書かれているわけですから、彼女は常に男性達のフィルターを通してしか読者の前には現れないのです………ということを知っておきながら、敢えてカルメンの独りぼっちの時間を創りまくったのが今回の作品(笑)大寺さんはその独りぼっちの時間を本当によく噛み砕いて、とても女性らしい、女性として心寄せることのできるカルメンを演じてくれています。

 

オペラ《カルメン》は私にとって、演出を名乗りだしてからまだ1年ちょっとの時に手掛けた作品で、それからずっと「どうしてあんなに早く手を出してしまったんだろう」と悔しくて、10年後には絶対もっとうまく演出してやると思い続けてきた、因縁の作品でした。そんな中、まさに10年後このような形でカルメンに再び会えるとは、思ってもいませんでしたし、明日が恐くて怖くて仕方がない…というのが正直な今の気持ちです。

明日・明後日、ぜひスターパインズカフェにいらしてください。今までとは少し違う世界の扉を開いて、お待ちしていたいと思います。